商店街からみた「あの頃はよかったなぁ」

よく写真の整理などしているとついつい見入ってしまい懐かしいなぁ、あの頃はよかったなぁなどと思ってしまうことは何方でもおありだろう。それはただ単に多少なりとも年取ってきたせいもあるかもしれませんが決してそれだけではないと思うのです。小生の家では家業として祖父の代から精肉店を営んできておりそして自分自身もレストランを経営していたことから商店という視点から昔はよかったなぁ論を展開してみたいのです。

昭和45年頃まで市川駅北口右側には昔ながらの商店街がところ狭しと広がっていました。大店舗法改正に伴いその商店街アーケードを撤去しスーパーダイエーが進出してきました。そしてそれから30年も経たないうちにそのダイエーも倒産し社長兼実質オーナーの中内さんは私財を擲っても間に合わないほどの低落ぶりとなってしまいました。

つまり小の虫を殺し大の虫を生かす論理が両方とも殺してしまったわけです。

最近ではショッピングといえば専らイオン、ららぽーとに代表されるような大型複合商業施設が買い物客の人気を拐っています。施設内は広々とし清潔感があり工夫を凝らした空間の中にそれこそ一流デパートのフロアがそのまま出てきたようなお店が立ち並んでいます。駐車場やレストラン、映画館もあるので家族とでもデートとしても一日楽しく過ごすことができます。

ところが地方においてこの大型複合商業施設の在り方に異変がおきはじめています。先程のダイエー論理と同じく元々存在していた地元商店街を取り壊しあるいは取り壊さないまでもすぐ近くに巨大モールを出店させるため結果的に商店街は疲弊します。最初は順調なのですが2-3年もすると競合他社が数キロ離れたところに同じような施設をオープンさせます。実際施設内のテナントは大抵どこでも似たり寄ったりですから少しでも話題性があれば客足は容赦なくそちらへ流れてしまいます。結果、地元商店街を疲弊させたあげく新しくとって変わった施設までも閉鎖に追い込んでおりメガ施設同士の潰しあいに発展してきています。

この戦争の背景のひとつは少子高齢化で元々の商店街の存続が難しくなっていたことと有名テナントの誘致を経営の主体とする知名度依存主義が優先していることがあげられます。モノをつくる技術がなくてもある程度の資本が有ればそこそこの施設をつくれる(もちろん高度なマーケティングは必要だが)ため地方のその土地の特長を活かした店づくりができにくく折角大資本を投下しても大同小異の施設になってしまうからです。

いまはまだ大型施設全盛ですが今後少子高齢化が加速するにあたり大資本同士が潰しあう構図はいたるところで顕在化してくるでしょう。

商店街という視点からみた地域活性化に必要なのは大型複合商業施設に傾けるだけのエネルギーをまず行政が地元に注ぐべきだと考えます。ハイテクビルに地元商店が出店する場合はテナント料を下げたり、補助金を出したりする制度を設ければ必然的に出店希望者は増えてくるでしょう。地元の個人商店が溢れるからその特色を活かした個性的な町づくりができるのであり地場産業の基本的な底上げとゆるキャラなどのソフト面の充実が両輪の輪となり地域活性化に繋がるのです。昔はよかったなぁという言葉の背後にはその町や地域の匂いがしなくなった嘆きにも聞こえます。地域の政策を担う行政や議員たちはこの点を充分かつ真剣に考えなければならない。

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