手旗信号

海の日、山の日、花火大会、そして8月15日の終戦記念日は日本の夏の風物詩だ。私自身毎年夏を迎える度によみがえってくる思い出がある。夏のある日、当時住んでいた市川市平田4丁目の自宅前にあった原っぱで小学生だった私は友達数人と遊んでいた。ちょうどお昼ごろになって自宅玄関から祖父がこちらを見ながら手に何かを持って出てきた。手旗である。祖父は原っぱの遠くで遊んでいる私に向かって手に持っている赤と白の手旗を満面の笑みを浮かべながら思いっきり振りはじめた。いわゆる手旗信号である。軍隊経験のある祖父は時々遊びながら私に手旗信号の暗号を教えてくれていた。私は、ボーイスカウトでも手旗を教わっていたので原っぱの端っこから見える祖父の手旗信号をはっきり解読できた(メ・シ・ダ・モ・ド・レ)。しかし友達と一緒にいた私は戻らなかった。私とおじいちゃんだけにしかわからない奇妙な暗号を友達に知られたくなかったのだ。それでも祖父はずっと振り続けていたが、私がその手旗の意味を分からなかったのだと思いしばらくしてからなにやら寂しそうに背中をかがめながら玄関の内側に戻ってしまった。子供心に何か罪を犯したような気持ちになった私は54歳になった今もあれこれ考える時がある。あの時。友達との遊びを断ち切って手旗を振る祖父のもとへまっしぐらに駆け寄り一緒に昼ご飯を食べたほうがよかったのかと。でももしそうしていたらあの時のことをここまで鮮明に記憶にとどめることはなかったのではなかろうか。もう過ぎてしまったことに”タラレバ”は禁物だが、しかしいまでも間違いのない確実なことがある。優しい笑みを満面にたたえた祖父が今でも私の心に手旗信号を送ってきている。さてさて次の信号は解読できるか・・。
 
 

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